「家賃は親、建物は子へ」――信託を使った生前贈与のしくみを、日本一やさしく解説します

「家賃は親、建物は子へ」――信託を使った生前贈与のしくみを、日本一やさしく解説します
銀行や証券会社のプライベートバンキング部門から、こんな提案を受けたことはありませんか。
言葉だけ見ると、いかにも難しそうです。でも、やっていることは拍子抜けするほどシンプルです。
この記事では、専門用語をできるだけ使わずに「そもそも何をしているのか」を、最後まで読めば必ず腹落ちするように解説します。あわせて、メリットだけでなく、知っておきたい注意点や落とし穴も、元国税調査官の視点からお伝えします。
この記事は、こんな方に向けて書いています
- まとまった財産(とくに収益不動産・自社株・金融資産)をお持ちで、子や孫への生前贈与・相続対策を考えている方
- 銀行・証券・保険会社から「信託を使った節税」を提案されたものの、中身がよくわからず不安な方
- 「うまい話には裏があるのでは?」と感じている、慎重な方
逆に、財産の大半が現預金という方には、あまり関係のない話です。なぜ関係ないのかも、後できちんと説明します。
まず結論:このスキームで何ができるのか
一言でいうと、こういうことです。
たとえば、1億円の財産が、贈与税の計算上は2,000万円、低金利の時期なら1,000万円前後として扱われることもあります。同じ財産を渡しているのに、税金がかかる「金額」が何分の一にもなる。
この「圧縮」こそが、このスキームの正体です。これは正式には「受益権複層化信託」と呼ばれる手法です。
ではなぜ、そんな魔法のようなことができるのか。カギは「信託」と「権利の分け方」の2つにあります。順番に見ていきましょう。
なぜ「普通の贈与」だと税金が高いのか
まず大前提として、普通に1億円の財産をそのまま子どもに贈与すれば、贈与税は1億円に対してかかります。
贈与税は金額が大きいほど税率も上がる仕組み(累進課税)なので、1億円ともなれば税負担はかなり重くなります。
だから世の中の人は、暦年贈与(毎年110万円ずつ)や相続時精算課税といった制度を使って、コツコツ渡そうとします。
ここで登場するのが「信託」を使った方法です。これは、コツコツ渡すのとはまったく違う発想で、「財産の渡し方そのもの」を変えてしまうやり方です。
そもそも「信託」って何?――「モノ」を「券」に変える箱
信託とは、ざっくり言えば「財産を、信頼できる管理人に預けて運用してもらう仕組み」です。登場人物は3人います。
- 委託者:財産を預ける人(たとえば、親)
- 受託者:財産を預かって管理する人(管理人)
- 受益者:その財産から生まれる利益を受け取る人(たとえば、子や親自身)
ここがいちばん大事なポイントです。財産(たとえばアパート)を信託すると、その名義はいったん管理人(受託者)に移ります。アパートそのものは、もう親の手元にはありません。
では親や子の手元には何が残るのか。残るのは「アパートそのもの」ではなく、「この信託から利益を受け取れますよ」という「券」(=受益権)です。
つまり信託とは、「モノ」を「券」に作り替える箱だと考えてください。この「券に作り替える」という一手間が、あとで効いてきます。
受託者(管理人)には、誰がなれるの?
「管理人なんて、誰に頼めばいいの?」と思った方も多いはずです。結論からいうと、受託者には基本的に誰でもなれます。特別な資格や免許はいりません。会社(法人)が受託者になることもできます。実際、家族のために信託をする「家族信託」では、子どもなど身近な家族が管理人を務めるケースがよくあります。
ただし、いくつかルールがあります。
- 未成年者は受託者になれません。
- 「仕事として」(不特定多数の人から、繰り返し)信託を引き受けるには、国の免許が必要です。これができるのは信託銀行や信託会社だけです。
そのため、家族の財産を家族のあいだで承継するような信託なら家族が管理人になれますが、金融機関が用意するタイプの信託では、信託銀行などが管理人を務めるのが一般的です。なお、家族が管理人になる場合は財産を適切に管理する責任を実際に背負い、信託銀行などに任せる場合は信託報酬というコストがかかります(この点は後半でもう一度触れます)。
カギは「普通の所有権では、中身で分けられない」こと
ここで、信託を使わない場合を考えてみます。あなたがアパートを持っているということは、「所有権」というひとかたまりの権利を持っているということです。これを誰かに渡すときは、この塊ごと渡すしかありません。
「親子2人で分けたい」となれば「共有」という形になりますが、共有でできるのは割合で割ることだけです。たとえば「2分の1ずつ」。でもこの場合、親も子も「家賃の2分の1+建物の2分の1」を持つことになります。「家賃は全部親、建物は全部子」という「中身での分け方」はできないのです。
所有権というのは、法律で内容がカッチリ決まっていて、当事者が勝手に「家賃だけ」「建物だけ」という新しい形を作ることができません。要は「型」が決まっているということです。
信託なら、「果実」と「木」に分けられる
ところが、信託で生まれる「受益権(=券)」は、契約で中身を自由にデザインできます。そこで、券を2種類に作り分けます。
- 収益受益権:信託財産から生まれる利益(果実)をもらう券 → アパートなら「家賃をもらう権利」
- 元本受益権:信託が終わったときに財産本体(木)をもらう券 → アパートなら「将来、建物・土地そのものをもらう権利」
果樹園で例えるなら、「これから実るリンゴ(果実)をもらう券」と「将来、木そのものをもらう券」を別々に作るイメージです。そして、親は「家賃をもらう券」を持ち続け、子に「建物本体をもらう券」だけを贈与する。これが骨格です。
所有権では「割合(量)」でしか割れなかったものが、信託にすると「中身(質)」で割れる。この一点が、贈与ではできず、信託だからこそできることなのです。
具体例:1億円のアパートで考えてみる
イメージしやすいように、数字を入れてみましょう(金額はあくまで「ざっくりした例」です)。
- アパートの相続税評価額:1億円
- 年間の家賃収入:500万円(評価額に対して5%くらい)
- 信託期間:20年
ここで、最初に大事な前提を一つ。この「1億円」は売買価格(時価)ではなく、相続税・贈与税の計算に使う「相続税評価額」です。土地は路線価、建物は固定資産税評価額をもとに計算します。不動産の相続税評価額は、もともと時価より2〜3割低く出るのが普通で、たとえば時価1.3億円のアパートでも、相続税評価額は1億円、ということがよく起こります。
この1億円が、信託で2つの券に分けられ、おおよそ次のように評価されます。
- 親が持つ「家賃をもらう券(収益受益権)」… これからの家賃を「今の価値」に割り引いて合計したもの。ざっくり8,000万円前後
- 子に渡す「建物本体をもらう券(元本受益権)」… 全体(1億円)から家賃の券を引いた残り。ざっくり2,000万円前後
ここで親が子に贈与するのは、2,000万円前後に評価された券だけ。つまり、相続税評価額1億円(時価ならもっと上)のアパートを動かしているのに、贈与税がかかるのは2,000万円前後になる、というわけです。
この「8:2」は、誰が・どうやって決めるの?
「その比率、信託会社や証券会社が都合よく決めているのでは?」と思うかもしれません。実は違います。
この分け方は、国税庁が定めた計算ルール(財産評価基本通達)に沿って機械的に決まります。信託会社が決めるのではなく、申告のときに税理士が計算し、税務署がその当否をチェックします。中身はこうです。
- 家賃の券(収益受益権)=これからもらう家賃を「今の価値」に割り引いて合計したもの。20年後の500万円は今の500万円より価値が低いので、その分を割り引きます。割引に使う利率は、国税庁が毎月公表する「基準年利率」です。
- 本体の券(元本受益権)=相続税評価額(1億円)- 家賃の券。引き算で出る残りです。
だから「8:2」という比率は、金利の水準で動きます。金利が低いほど家賃の券が大きくなり(割り引きが小さいため)、本体の券が小さく=圧縮が大きくなります。逆に、いまのように金利が上がってくると家賃の券は小さくなり、圧縮効果は弱まります。かつての超低金利期には「9:1」になることもありました。
→ 親がそのまま保持評価 約8,000万円
→ 子へ贈与評価 約2,000万円
※実際の金額は、その時の金利水準(基準年利率)や物件の利回り、信託期間によって大きく変わります。金利が高い時期ほど圧縮効果は弱くなります。
なぜ受益権複層化信託で「圧縮」が起きるのか
ポイントは、「家賃の券」が大きく評価されるほど、その分「本体の券」が小さくなるという関係です。券を2つに分けても、合計すれば元の財産(1億円)にしかなりません。だから一方(家賃の券)が大きくなれば、もう一方(本体の券)は自動的に小さくなる。
そして「家賃の券」は、家賃(果実)がたくさん出るほど・信託期間が長いほど・金利が低いほど価値が大きくなります。結果として、贈与する「建物本体の券」がぎゅっと圧縮されるのです。
20年後どうなる?――子は建物をまるごと、追加の税金なしで受け取る
「2,000万円の券をもらっただけで、本当に1億円の建物が手に入るの?」――ここが、多くの人がいちばん引っかかるところです。答えは「手に入ります」。そして、その理由は『値上がり』ではありません。
思い出してください。子がもらった「本体の券(元本受益権)」が2,000万円と安かったのは、「20年間は家賃を一切もらえない。20年後に、建物本体だけをもらえる」という、いわば“おあずけ付き”の権利だったからです。20年分の家賃(約8,000万円ぶん)が、最初から差し引かれていたのです。
ところが、時間がたつにつれて「おあずけ」の期間はどんどん短くなります。差し引かれていた家賃も、残り19年分、18年分…とだんだん減っていく。すると、本体の券の価値は、自然に元の評価額(1億円)へ戻っていきます。そして20年たてば、差し引くもの(残りの家賃)はゼロ。建物本体がまるごと、子のものになります。
つまり「2,000万円から1億円に育つ」のは、地価が上がったからでも、魔法でもありません。最初に差し引いていた『20年分の家賃』が、時間とともに消えていくからです。下の図のイメージです。
(贈与時)5年10年15年20年
ポイントは、贈与税がかかったのは、最初に渡した2,000万円だけだということ。その後に券の価値が1億円へ戻っていっても、その増えた約8,000万円には、もう贈与税も相続税もかかりません。これが、このスキームの最大の「うまみ」です。
(なお、もし20年のあいだに土地が値上がりすれば、その値上がり分も非課税で子に移ります。ただし建物は古くなって評価が下がることもあるので、不動産では「値上がり」はおまけ程度に考えておくのが安全です。確実に効くのは、あくまで上で説明した「おあずけの解消」のほうです。)
同じことが、「自社株」でも「債券」でもできる
ここまでアパート(収益不動産)を例にしてきましたが、この理屈は不動産専用ではありません。「果実(利益)を生む財産」なら、基本的に同じことができます。
- 収益不動産(アパート・マンション・テナントビルなど)… 家賃という安定した果実が出る。実はこれが最も効果が出やすい。
- 高配当の同族株式(オーナー社長の自社株など)… 配当という果実が出る。配当の券を親、株式本体の券を子、と分けられる。事業承継でよく使われます。
- 高利回りの債券(社債・外国債券など)… 利息という果実が出る。金融機関の提案でよく登場するのはこのタイプです。
果実が「家賃」か「配当」か「利息」かが違うだけで、「果実の券」と「本体の券」に分けて、本体の券を安く渡すという骨格はまったく同じです。
なぜ、「これらの資産」が向いているのか
どんな財産だと効果が大きく、どんな財産だと意味がないのか。判断基準はたったひとつです。
果実が大きいほど「家賃(利息・配当)の券」がふくらみ、その分「本体の券」が小さく圧縮されるからです。資産ごとの「効きやすさ」をイメージにすると、こうなります。
- 収益不動産(アパート・テナントビルなど)
実は「二重に」有利です。①不動産の相続税評価額は、もともと時価より2〜3割低い(人に貸していればさらに下がる)。②そこへ毎年の家賃という大きな果実をぶつける。たとえば時価1.3億円/相続税評価額1億円/家賃年500万円のアパートなら、本体の券は約2,000万円まで圧縮。時価1.3億円の資産を、2,000万円の課税で子へ動かせる計算になります。 - 高配当の同族株式(オーナー社長の自社株など)
業績がよく配当を多く出す自社株ほど効きます。「配当をもらう券」を親、「株式本体(=議決権・経営権)をもらう券」を子に。事業承継では「経営権は後継者へ、当面の配当は現社長へ」と分けられるので、実務的にも都合がよいのです。 - 高利回りの債券(社債・外国債券など)
利息が契約であらかじめ決まっているため、「将来もらえる果実」が一円単位で読めます。=評価が動きにくく、税務署にも根拠を説明しやすい。証券会社の提案でよく登場するのは、この「計算のしやすさ」と「自社で扱える商品だから」という事情もあります。
- 現預金・低金利の財産
1億円の預金でも、利息は年に数万円程度。果実がほぼゼロなので「家賃の券」もほぼゼロ。すると「本体の券」が1億円のまま=圧縮効果はゼロ。手間をかけて分ける意味がありません。 - 無配当の成長株・更地・金(ゴールド)など「値上がり期待だけ」の財産
持っているだけでは果実が出ないので、圧縮されません。これらの「将来の値上がりを子に渡したい」のであれば、信託を複雑に分けるより、相続時精算課税(今の評価額で固定して渡す制度)など別の方法のほうが向いています。
ここからが本題:知っておきたい注意点と落とし穴
ここまで読むと「いいことづくめ」に見えるかもしれません。でも実際には、設計とリスク管理を誤ると、せっかくの効果が吹き飛んでしまうことがあります。提案を受けたら、次の点を必ず確認してください。
まとめ
信託を使った生前贈与スキームを、改めて一言でまとめます。
仕組みそのものは、れっきとした合法の手法です。収益不動産・高配当の同族株式・高利回り債券のように、評価額の割に果実を多く生む財産であれば、大きな効果が見込めます。
ただし――効果が大きい設計ほど、税務上の否認リスクと隣り合わせです。そして、得か損かは「贈与のとき」だけでは決まらず、相続・所得税・コストまで含めた「トータル」でしか判断できません。だからこそ、商品の販売とは切り離して、中立的な立場で内容を検証してくれる専門家と一緒に判断することをおすすめします。
※本記事は一般的な仕組みの解説です。実際の税務上の取扱いは、契約内容・財産の種類・その時々の制度によって異なります。











