Conclusion
まず結論:「モノ」を「券」に変えて、中身で分ける
「果実(家賃)をもらう券」は親に残し、「木(本体)をもらう券」だけを子へ。分けられるのは信託だから
信託とは、財産を信頼できる管理人(受託者)に預け、財産そのものの名義を受託者に移したうえで、「この信託から利益を受け取れる」という券(受益権)を残す仕組みです(信託法2条・3条)。所有権は法律で内容が決まった「型」なので、親子で分けるなら「2分の1ずつ」という割合でしか割れません。ところが受益権は契約で中身をデザインできるので、「家賃をもらう券(収益受益権)」と「将来、建物そのものをもらう券(元本受益権)」に分けられます。親は家賃の券を持ち続け、子には本体の券だけを贈与する——これが骨格です。
- 収益受益権の評価=これからもらう利益を国税庁が毎月公表する「基準年利率」で今の価値に割り引いて合計したもの。元本受益権=信託財産の相続税評価額−収益受益権(財産評価基本通達202(3))。信託会社が決めるのではなく、通達で機械的に決まります。
- 家賃(果実)が多いほど・信託期間が長いほど・金利が低いほど収益受益権が大きくなり、その分だけ元本受益権が圧縮されます。だから効くのは「果実を生む財産」だけで、現預金・無配株・更地・金では効きません。
- なお暦年贈与(毎年110万円)は令和6年以後の贈与から相続開始前7年分が相続財産に戻る(生前贈与加算)ため、コツコツ渡す作戦は以前より時間を味方につけにくくなりました。複層化信託は「渡し方そのもの」を変える別の発想です。
詳しく見る:受託者には誰がなれるか、信託業の免許・登録、受託者の義務
受託者の資格:特別な資格は不要で、法人もなれます。家族信託では子などの家族が受託者を務めるのが一般的です。未成年者は受託者になれません(信託法7条)。かつては成年被後見人・被保佐人も除かれていましたが、令和元年の法改正で削除され、現在は未成年者のみです。
信託業の免許・登録:営利目的で反復継続して信託を引き受ける「営業」には信託業法の免許(運用型)または登録(管理型)が必要で(信託業法3条・7条)、これができるのは信託銀行・信託会社です。家族の財産を家族の間で承継する信託は営業に当たらないので家族が受託者になれますが、金融機関が用意するタイプでは信託銀行等が受託者となり、年数十万円〜の信託報酬がかかります。
受託者の義務:財産の分別管理・帳簿作成のほか、毎年1月31日までの「信託の計算書」(所得税法227条)、信託の効力発生時・受益者変更時・終了時の「信託に関する受益者別(委託者別)調書」(相続税法59条3項)の提出義務があります。家族が受託者になる場合はこの手間を実際に背負います。
Example
具体例:1億円のアパート、年間家賃500万円、信託期間20年
アパートの相続税評価額1億円(売買価格ではなく、土地は路線価・建物は固定資産税評価額ベース。時価1.3億円のアパートでも相続税評価額は1億円ということがよく起こります)、年間の利益500万円、信託期間20年、基準年利率2.2%で計算すると、収益受益権は約8,020万円、元本受益権は約1,980万円——おおよそ8:2です。子に贈与するのは元本受益権だけなので、贈与税がかかるのは約2,000万円。特例税率なら585万5,000円(実効29.3%)ですが、相続時精算課税(累計2,500万円まで贈与税ゼロ)と組み合わせるのが実務の定番で、贈与税ゼロのまま「贈与したときの2,000万円」で相続時に加算されるため、圧縮した価額を固定できます。
「2,000万円から1億円に育つ」のは値上がりではない。最初に差し引いた「20年分の家賃」が時間とともに消えるだけ
子がもらった本体の券が安かったのは、「20年間は家賃を一切もらえない」というおあずけ付きの権利だったからです。時間がたつほどおあずけの期間は短くなり、差し引かれていた家賃が減っていくので、本体の券の価値は自然に1億円へ戻ります。贈与税がかかったのは最初の約2,000万円だけで、その後の約8,000万円の増加には贈与税も相続税もかかりません。ここが最大のうまみであり、同時に2つの前提があります。
- 「利益」は家賃の総額ではなく手取りベース。通達がいう「将来受けるべき利益」は、固定資産税・都市計画税・管理費・修繕費・保険料・信託報酬などを引いた後の純収益です。表面利回り5%のアパートの実質利回りは3〜3.5%が普通なので、実際に計算すると本体の券は2,000万円ではなく4,000万円台になることが多い(実質3.5%なら約4,386万円、3.0%なら約5,188万円)。金融機関の設例が「社債1億円・年利金500万円」で作られているのは、社債が経費のかからない果実だからです。
- 親が信託期間の途中で亡くなると、残っている収益受益権そのものが相続財産になります(相続税法9条の2)。10年後に亡くなれば約4,445万円、5年後なら約6,330万円が親の相続財産として評価されます。このスキームの成否は「親が信託期間を生き延びるか」に大きく依存し、だからこそ80歳の親に信託期間40年のような設計は成り立ちません。
詳しく見る:基準年利率と手取り利回りで結果はどれだけ動くか
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向いている財産、向いていない財産
判断基準はひとつ。財産の評価額に対して、生み出す果実(利益)が大きいほど効果が大きい。果実が家賃か配当か利息かが違うだけで、「果実の券」と「本体の券」に分けて本体の券を安く渡す骨格は同じです。
| 財産 | 効き | ポイント |
|---|---|---|
| 収益不動産(アパート・テナントビル) | ◎ | 相続税評価額がもともと時価より2〜3割低く、そこへ家賃をぶつける「二重」の圧縮。ただし利益は手取りベースで計算し、信託した不動産の赤字は切り捨て(後述) |
| 高利回りの債券(社債・外国債券) | ◎ | 利息が契約で決まっているため評価が読みやすく、経費もかからない。金融機関の提案で最も多いタイプ。値上がりのおまけはなく、外債は為替で目減りし得る |
| 高配当の同族株式(自社株) | ○ | 配当の券を親、本体の券を子へ。ただし議決権は受益権とは別枠で、指図権の設計が必要。取引相場のない株式の収益受益権評価には確立した取扱いがなく、否認リスクは不動産・社債より高い |
| 無配株・更地・金・現預金 | × | 果実がほぼゼロなので収益受益権もほぼゼロ=本体の券は1億円のまま。値上がり期待だけの財産は相続時精算課税など別の方法が向く |
詳しく見る:自社株を複層化するときの「議決権」の扱い(事業承継)
株式を信託すると株主名簿上の株主は受託者になり、議決権を行使するのは受託者です(信託法2条・3条、会社法130条)。元本受益権は「信託が終了したときに株式そのものを取得する権利」であって、信託期間中の議決権とは無関係です。「元本受益権を子に贈与すれば経営権が移る」わけではなく、子に議決権を持たせたいなら、信託契約で議決権行使の指図権を子に与える条項が必要です。
実務でよく使われる自社株承継信託はむしろ逆で、議決権行使の指図権は現社長に留保したまま、財産価値(受益権)だけを後継者へ先に移す「議決権留保型」が代表的です。「経営権はまだ渡したくないが、株価が低いうちに財産価値だけ移したい」というニーズに応える設計で、経営権の移転時期を株価対策と切り離せるのが利点です。▶ 事業承継の税務|自社株の株価対策と役員退職金
Cautions
提案書に書かれにくい8つの注意点
- ① 税務署はこの手法を知り尽くしている。令和4年4月の最高裁判決では、90歳の被相続人が約10億円を借り入れて2棟の賃貸マンション(購入価額合計約13億9千万円)を取得し、通達どおりの評価額は約3億3千万円、借入金を差し引くと相続税額ゼロになる設計について、税務署が「行き過ぎ」として不動産鑑定評価額(約12億7千万円)で課税し直したことが認められました(財産評価基本通達6項)。複層化信託も「圧縮そのものが目的」と見えれば同じ理屈で課税し直されるおそれがあり、とくに自社株は評価の取扱いが確立していない分、リスクが高い領域です。
- ② 「次の代まで」を一本の信託で決めると逆効果。「親が亡くなったら家賃も子がもらう」と書き足すだけで「受益者連続型」という別ルールになります。すると贈与する本体の券はゼロ評価(贈与税ゼロ)になる代わりに、親の収益受益権が残り期間に関係なく信託財産まるごと(1億円)で評価され、親の相続で1億円が戻ってきます(相続税法9条の3、相基通9の3-1)。一見有利に見えて、複層化した意味が丸ごと消える設計です。
- ③ 親が途中で亡くなると、残りの収益受益権が相続財産(前述)。加えて、受け取った家賃を使わずに貯め込めば、その現預金も相続財産に逆戻りします。信託期間は本人の年齢・財産の実態と無理なく整合する長さに。
- ④ 信託した不動産の赤字は切り捨てられる。信託期間中の不動産所得を申告するのは家賃を受け取る親ですが、信託から生じた不動産所得の損失は「なかったもの」とみなされ、他の所得との損益通算も翌年への繰越しもできず、信託契約ごとに完結します(租税特別措置法41条の4の2)。大規模修繕を予定しているなら、工事を信託の前に済ませるか、信託に入れる物件を選ぶ段取りが要ります。
- ⑤ 信託終了時に不動産取得税・登録免許税がかかる。非課税になるのは「効力発生時から引き続き委託者のみが元本受益者」の信託だけ(地方税法73条の7第4号)で、当初から子が元本受益者の複層化信託はこれを満たしません。不動産取得税(住宅・土地は令和9年3月31日まで3%、土地は課税標準1/2)と登録免許税(所有権移転2%)で、1億円クラスなら合計数百万円規模です。
- ⑥ 受託者の手間とコスト。家族が受託者なら帳簿・計算書・調書の実務を背負い、信託銀行なら年数十万円〜の信託報酬(20年で数百万円)。圧縮メリットと⑤⑥のコストを突き合わせて判断します。
- ⑦ 債券は値上がりのおまけがなく、外債は為替で目減りする。「1億円を受け取れるはず」が円換算で8,000万円ということも起こります。
- ⑧ 「節税効果」と「その商品を持つこと」は分けて考える。節税のプラスが100でも、商品の手数料・為替・金利リスクのマイナスが120なら損。節税の話と、その商品を持ちたいかの話は切り離して見比べてください。
詳しく見る:受益者連続型の評価ルール、残余財産の帰属先、タワマン節税との違い
受益者連続型信託の評価(相続税法9条の3第1項・相基通9の3-1):利益を受ける期間の制限などの制約は「付されていないものとみなす」ため、収益受益権の全部を取得した者は信託財産の全部の価額で、対応する元本受益権は原則として零で評価されます。複層化信託の設計では「親が亡くなったら信託は終了し、元本受益者(子)が残余財産を取得する」とし、次の受益者を指定しないことが要点です。
残余財産の帰属(信託法182条):信託終了時の残余財産の帰属先は契約で定めます。「元本受益者=残余財産受益者」とするのが通常ですが、書き漏れると帰属先が委託者(親)の相続人になるため、契約書の必須チェック項目です。
令和4年最高裁判決と「タワマン節税」:俗に「タワマン節税事件」と呼ばれますが、物件は杉並区・川崎市の一棟賃貸マンションで、争点は借入金を組み合わせた評価と時価の乖離(総則6項)です。いわゆるタワーマンションの評価そのものは、令和6年1月1日以後の相続・贈与から「居住用の区分所有財産の評価」(マンション通達)で評価ルール自体が改正されています。
▶ 相続税申告とあわせた設計のご相談は相続税申告・相続対策のご案内、贈与税の税額は贈与税の早見表【令和8年版】をご覧ください。
Summary
まとめ
「モノ」を「券」に変えて、「果実をもらう券(親)」と「本体をもらう券(子)」に中身で分け、安く評価される本体の券だけを贈与する。仕組みそのものは合法で、収益不動産・高利回り債券・高配当の同族株式のように評価額の割に果実を多く生む財産であれば、大きな効果が見込めます。ただし、効果の大きさは表面利回りではなく手取り利回りで決まり、親の寿命・所得税の損失切捨て・流通税・受託者コストまで含めた「トータル」でしか損得は判断できません。商品の販売とは切り離して、中立的な立場で内容を検証してくれる専門家と一緒に判断することをおすすめします。
出典・参考(2026年9月確認)
- 財産評価基本通達202(信託受益権の評価)/国税庁「令和8年分の基準年利率について」/相続税法基本通達 第9条の3《受益者連続型信託の特例》関係
- 相続税法9条の2・9条の3・21条の9〜21条の15/相続税法施行令1条の8/租税特別措置法41条の4の2(信託の不動産所得の損失)/地方税法73条の7第4号/登録免許税法7条2項/信託法2条・3条・7条・182条/信託業法3条・7条/会社法130条/民法175条/所得税法13条・227条/相続税法59条3項
- 最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価基本通達6項の適用)/国税庁 No.4103「相続時精算課税の選択」
※本記事は一般的な仕組みの解説です。実際の税務上の取扱いは、契約内容・財産の種類・その時々の制度によって異なります。

