事業承継の税務|自社株の株価対策と役員退職金は「一体」で設計する【元国税調査官が解説】

オーナー経営者の事業承継で税金の話が難しくなる理由は、シンプルです。会社の価値が上がるほど、自社株の相続税評価も上がるのに、その株は上場株のように売って現金化できないからです。
対策の柱は、実は2つしかありません。「株価(自社株の評価)を適正に引き下げること」と、「役員退職金で会社の資金を個人へ税負担少なく移すこと」。本記事では、元国税調査官の税理士が、この2つを「別々のテクニック」ではなく一体の設計として解説します。
この記事でわかること
- 事業承継で自社株が「三重苦」になる仕組み
- 株価対策と役員退職金が「同じタイミングで効く」理由
- 役員退職金の税制優遇と「適正額」の考え方(功績倍率法)
- 税務調査で否認されない「完全退職」の条件
- 事業承継税制(特例措置)の現在地(2026年7月時点)
1. なぜ自社株対策が必要か──放置が招く「三重苦」
業績の良い会社ほど、何もしなければ次の3つの問題が同時にやってきます。
01
相続税が高くなる
自社株の相続税評価は、利益や純資産の蓄積に比例して上がります。長年の好業績が、そのまま相続税負担に跳ね返ります。
02
納税資金がない
自社株は売って現金化できません。評価は高いのに手元資金がない「金持ち会社の貧乏相続」が起こります。
03
株が分散する
相続人が複数いると株式が分散し、後継者が経営権を固められない事態になりかねません。遺産分割の火種にもなります。
相続税調査で自社株は最重要項目のひとつです。評価の前提となる決算数値や直前の資産の動き(駆け込みの高額退職金・不自然な資産の付け替え)は必ず確認されます。「対策は早く・自然に・記録を残して」が鉄則です。
2. 全体像──「株価」と「退職金」は同じタイミングで効く
2つの対策は独立していません。役員退職金を支給すると会社の利益と純資産が減り、その結果、自社株の評価も下がる。つまり「勇退のタイミング」は、資金移転と株価引き下げが同時に成立する、事業承継で最大の好機です。
株価対策
自社株の評価を下げる類似業種比準・純資産贈与・譲渡しやすくする
役員退職金
会社資金を個人へ移す退職所得の税制優遇利益・純資産が下がる
退職金の支給で株価が下がった事業年度に、後継者への贈与や譲渡を実行する──これが王道の設計です。順番を間違えて先に株を渡してしまうと、高い評価のまま税負担が確定します。
3. 自社株の評価はどう決まるか
非上場株式(取引相場のない株式)の相続税評価は、会社規模や株主の立場によって、主に次の方式で行われます。
| 評価方式 | 概要 | ポイント |
|---|---|---|
| 類似業種比準方式 | 同業種の上場会社の株価をベースに、配当・利益・純資産の3要素で比準して評価 | 利益の影響が大きい。退職金支給による利益減少が評価を下げる |
| 純資産価額方式 | 会社の資産・負債を相続税評価額に洗い替えて1株あたり純資産で評価 | 内部留保の厚い会社は高くなりやすい。含み損益の把握が重要 |
| 配当還元方式 | 配当実績をベースにした簡便な評価。少数株主(同族株主以外)に適用 | 原則的評価より大幅に低い。従業員持株会への譲渡で使われる |
多くの中小企業は類似業種比準と純資産価額の併用で評価されます。どちらの方式でも「利益」と「純資産」が下がれば評価は下がる──ここに退職金が効きます。
4. 株価対策の主な手法
① 役員退職金の支給(最も確実で自然な方法)
適正な退職金は損金になり、利益と純資産を同時に圧縮します。数千万円規模の支給であれば、評価への影響も大きくなります。詳しくは次章で解説します。
② 種類株式の活用(議決権と財産権の分離)
「議決権のない株式(無議決権株式)」や「拒否権付株式(黄金株)」を使うと、経営権は後継者に集中させつつ、財産としての株式は他の相続人に分ける設計ができます。株式の分散リスクと遺産分割の対立を同時に緩和できる手法です。ただし定款変更や登記、株主間の合意形成が必要で、設計を誤ると将来の紛争の種にもなります。
③ 従業員持株会の活用
従業員持株会に一部の株式を譲渡すると、その分はオーナーの相続財産から外れます。少数株主となる持株会への譲渡は配当還元方式という低い評価で行えるのが最大の利点です。従業員の経営参加意識の向上という副次効果もありますが、退職時の買い戻しルールなど運営設計が肝心です。
評価を下げること「だけ」を目的にした不自然なスキーム(実態のない資産の付け替え・評価直前の駆け込み取引など)は、総則6項(財産評価基本通達6項)による否認リスクがあります。令和4年の最高裁判決以降、当局はこの視点を強めています。「事業上の合理性が説明できるか」を常に基準にしてください。
5. 役員退職金の税制優遇──なぜ「切り札」なのか
役員退職金が事業承継の切り札と言われるのは、受け取る側・支払う側の双方に税メリットがあるからです。
受け取る個人:退職所得の3つの優遇
退職所得控除:勤続20年まで年40万円、20年超の部分は年70万円。勤続30年なら1,500万円までは課税されません。
2分の1課税:控除後の金額をさらに半分にしてから税率を掛けます(役員勤続5年以下の「特定役員退職手当等」には適用なし)。
分離課税:他の所得と合算されず、単独で課税されます。給与や配当で受け取るより税負担が大幅に軽くなります。
支払う会社:適正額までは損金算入
適正な役員退職金は法人税の損金になります。実務では功績倍率法(最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率)で適正額を検討するのが一般的です。功績倍率は職責により異なり、社長でおおむね3.0前後が実務上の目安とされます(過大な部分は損金不算入)。
「最終報酬月額」を退職直前だけ引き上げるのは典型的な否認パターンです。功績倍率法は形式ではなく実態で見られます。報酬の推移・在任実績・同業他社水準まで含めて説明できる設計にしておくことが重要です。
6. 税務調査で否認されない「完全退職」の条件
分掌変更(社長→会長など)で退職金を支給する場合、「実質的に退職したのと同様の事情」があるかが厳しく見られます。否認されると、会社は損金不算入、個人は退職所得の優遇を失う——ダメージは双方に及びます。最低限、次の点を整えてください。
実務チェックリスト(分掌変更退職の場合)
- 役員給与がおおむね50%以上減少している
- 代表権を返上し、登記にも反映している
- 重要な意思決定(人事・資金・取引先)への関与をやめている
- 株主総会議事録・取締役会議事録で支給決議を残している
- 退職金規程・功績倍率の根拠資料を整備している
- 銀行取引・対外的な肩書きも実態に合わせている
調査では議事録などの書類だけでなく、メールの決裁履歴・銀行との面談記録・稟議への押印など「実際に経営に関与し続けていないか」の痕跡を確認します。書面と実態がずれていると、書面がむしろ不利な証拠になります。「辞めたら本当に任せる」——それは経営判断そのものです。
7. 事業承継税制(特例措置)の現在地(2026年7月時点)
自社株の贈与・相続の税負担を猶予・免除する法人版事業承継税制の特例措置は、次の状況にあります。
| 項目 | 期限 | 状況 |
|---|---|---|
| 特例承継計画の提出 | 2026年(令和8年)3月31日 | 受付終了。未提出の場合、特例措置は利用できません |
| 贈与・相続の実行 | 2027年(令和9年)12月31日 | 計画提出済みの企業は、この日までの承継が特例措置の対象 |
計画を提出済みの企業は、残り期間は限られています。2027年末までに実際の承継(贈与等)まで進める必要があります。未提出の企業は、一般措置(猶予割合や要件が特例より不利)か、本記事の株価対策+退職金の組み合わせで正面から税負担を下げる設計になります。
8. 進め方──着手から実行までのステップ
現状把握:自社株の相続税評価を試算し、何もしない場合の相続税・納税資金を見える化する
設計:勇退時期・退職金の適正額・株式の移転方法(贈与/譲渡/種類株式/持株会)を一体で設計する
実行:退職金支給で株価が下がった事業年度に、後継者への移転を実行。議事録・規程・評価資料を整備する
申告・モニタリング:贈与税・相続税の申告と、その後の評価・資本政策の定期見直し
事業承継の対策は、勇退の5〜10年前から始めるほど選択肢が広がります。「まだ先の話」と思っている時期こそ、最も打ち手が多いタイミングです。
よくある質問
Q.役員退職金はいくらまで出せますか?
A.法律上の上限はありませんが、損金にできるのは「適正額」までです。実務では功績倍率法(最終報酬月額×在任年数×功績倍率)を軸に、報酬の推移や同業水準も踏まえて検討します。
Q.会長として会社に残りたいのですが、退職金は出せますか?
A.分掌変更でも「実質的に退職したのと同様の事情」があれば支給できます。ただし給与の大幅減少・代表権の返上・経営関与の実態解消が伴わないと否認リスクが高くなります(本文6章参照)。
Q.事業承継税制の特例はもう使えませんか?
A.特例承継計画の提出は2026年3月31日で終了しました。提出済みなら2027年12月31日までの承継が対象です。未提出の場合は一般措置の検討か、株価対策+退職金による正面からの設計になります。
Q.株価対策はいつから始めるべきですか?
A.評価を下げる打ち手の多く(退職金・持株会・種類株式)は準備に時間がかかります。勇退の5年以上前からの着手をおすすめします。直前の駆け込み対策は税務上のリスクも高くなります。
出典・参考(国税庁)
- タックスアンサー No.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
- タックスアンサー No.4638「取引相場のない株式の評価」
- 「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし」
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の状況により結論や適切な設計は異なりますので、実行前に必ず個別にご相談ください。
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